夜航餘話 二卷
津阪孝綽著
津阪孝綽、字は君裕、東陽と號す、伊勢の人なり、父を節翁と日ふ、年十五にして、醫師村瀬氏に依る、居ること三歳にして、心に其の技を鄙み、成らずして去る、笈を京師に負ひ、專ら經業を攻む、學ぶに常師なく、晝讀み夜抄して、或は曙に達するに至る、後帷を輦下に下し、古學を以て家を立つ、來り學ぶもの頗る多し、天明戊申、郷に還り、儒官に舉げられて、十五口糧を賜ふ、學館の創建せらるゝに及び、督學兼侍督に任ず、文政八年八月二十三日歿す、年七十、此書、名づけて夜航といふ、その義は拙堂翁の序にて明かなり、既に夜航雜載の客話に擬したれば、その述ぶる所一に非ず、或は根本的の議論あり、或は零碎の設話あり、若しその種類を擧ぐれば、故典に、韻法に、句法に、字法に、その他凡そ詩學に必用なること、一として録出せざるはなし、
正編は漢文を以てし、餘話は眞假交り文を以てせり、餘話には多く國歌俳句を引きて、作詩の法を説けり、東陽翁は、初學のもの詩を學ぶを以て、經學を修むるの門戸とせり、此の見地よりして詩話を著はす、是れ尋常一様の詩話と、その撰を異にする所以なり。(天保七年印行)
夜航餘話.pdf
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