徐居正、字は剛中四佳亭と號す、逹城(慶尚北道)の人、世宗甲子に登科し、世祖丁丑に重試し、丙戍に拔英・登俊の兩試に登第し、議政府左參贊となり、逹城君に封ぜられ、文衡を典り、卒して文忠と諡せらる、東國通鑑五十六卷、外紀一卷、東文選五十五卷、四佳亭集十五卷等を著せり、山本北山の聯珠詩格序に据るに、聯珠詩格の増注を作りしは此の人なり、(本叢書第二卷、孝經樓詩話*附録參照)
増補文獻備考を按ずるに、徐居正の撰する所の大東詩話一卷を載するも、東人詩話を載せず、是れ或は異名同書ならんか。
此書の朝鮮にて初めて飜刻せられしは.明の成化十年の秋なり、(姜希孟の序に据る、)即ち朝鮮の成宗の五年に當れり、其の後ち李必榮が重刊せしは、崇禎十二年なり、李必榮の識語に据る、)即ち朝鮮仁租十七年に當れり、我邦にて之を上梓せしは、明暦元年にして、明の永暦九年に當れり、(朝鮮の孝宗の六年なり、)李必榮の重刋の歳を距ること十六年の後なり、李必榮の識語に、原本の差舛の處を頗抹改を加ふと言へるも、今李氏本を以て本邦の版本と對校するに、多少文字の異同はあれど、抹改といふべき處あるを見ず、今本邦の版本を底本とし、李氏本の異同を欄外に掲げ、且つ本文の字傍に黒圏を附したり、李氏の識語は、最後に附載せり。
此書は主として高麗の詩藻を品隲したるものにして、時には唐人の作に及べり、議論平穩にして、絶えて矯激に流れず、朝鮮の詩話中に在つて白眉と稱すべきものとす。
東人詩話.pdf
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