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英國の文法學大家スヰートが文法の目的を論じて
實用的文法の重なる目的は現存して居る外國語若しくは既に死語となつて居る外國語の熟逹を得る(寧ろ得るを助ける)といふ點にある。此處に外國語といふのは近代英人が文法及び辭書の助を以てアルフレット大王時代の古代英語を學ぱうとする樣な場合の自國古代語をも含めて言ふのである。
と読いて居るのは常識的に文法を考へて居る人に取つては、意外とも珍奇とも感するであらうが、我が國語の文法も、實は一種の外國語に準すべき古代語たる和歌の用語を研究する爲に起つたのである。單に文法の濫觴が歌學にあつたばかりでなく、其の發達も(東條義門が眞宗教義の研究を目的として文法を研究した例外を除いては) 一般に、歌學の一部門として之を遂げたものと斷言して差支ない。明治以後になつて文法を和歌から切り離して、之を現代語の方に引付けようとする考が廣く行はれて來たが、仔細に點檢すれば大小幾多の文法書、文法論中和歌から完全に切り離されたものは無いと斷言しても宜しい。其のみならす、文法の一大目的が古典や和歌の研究に存したことを忘れてはスヰートの物笑の種ともなるであらう。
二 黎明期の文法と歌學
文法の濫傷 ヲコト點とか弖爾乎波とか言ふ名稱は、長秋記共の他平安朝の文獻に見えて居て元來漢文を讀む際に必要を感じて起つたのである。此のヲコト點や弖爾乎波に當時の學者の文法的意識の存在をあとづけることは出來る。しかしながら、當時果してどんな法則が認められて居たかは不明である。
悦目抄
(つづく)

