2006年07月01日

石川丈山「詩法正義」

詩法正義
一卷
石川 凹著
石川凹、初の名は重之、嘉右衞門と稱す、丈山と號す、又だ六々山人・四明山人・凹凸窩・大拙・烏鱗等の號あり、參河碧海郡の人なう、初め徳川家康に仕ふ、大阪の役・其の麾下に在り、殊功を建てんと欲して、獨、營を出で丶先登し、首二級を斬る、然れども其の軍令を犯すを以て黜けらる、是より、遂に京師に閑居す、藤原惺窩の門に入り、林羅山等と交る、寛永中、叡山の麓に詩仙堂を築きて詩酒風流以て世を送る、後水尾上皇其風操を高しとして、徴して之を見んと欲す、丈山即ち和歌を書して之を上り以て之を辭す、寛文十二年五月廿三日歿す、年九十、著す所、覆醤集、北山紀聞等あり。
此書は先づ規式意匠結構指摘の四目を掲げて、作詩の大體を示し、次に詩源總論の目を立て、平仄の諸式を列擧せり、其の次に著題の法・絶律排律の格法等に就いて古人の説を引いて述べたり、瑣々小册子と雖、詩學の大要に於て、略之を盡せり。末尾に記する、所に据るに、此書は某人の作詩法を問へるに就き、それに答へんが爲めに特に執筆せしものなり。(貞享元年季秋中浣日梅村彌右衞門梓行)
詩法正義.pdf
posted by うわづら文庫主人 at 15:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。