2005年03月08日

井口丑二『日本語原』

井口丑二

序・目次

      はしがき
 うれしさを何に包まむからころも
    袂ゆたかにたてといはましを
 これこの古歌は、過ぎし大正の初めつかた、語原研究に沈潜して、三日三夜斷食の末、益軒白石等の大家が、索めてしかも求め得ざりし、いはゆる『言葉の鍵』なる祕寳を、忽然發見し得たりしとき、思はす迸り出でたる聲であつた。然るに今や平凡社の樓上に於て、社長下中氏が本書の原稿を一瞥して、言下に出版を快諾せられたとき、再び予の喉頭から押し出し來ッたのが、 この喜びの聲であつた。大人氣なしとも笑ひたまはゞ、姑く笑ひ玉ふに任せむ。包むに包まれぬ眞情である。
 さても予が、或る動機に因りて、語原の探索に指を染めたのは、明治の四十一二年であつたが、其の後天幸を得て意外に捗り、大正六年には本書を起稿し、その八年には之を完成し、翌九年には本書の法則に依りて古語を解釋し『太古史闡明』を著し得るに至つた。而して後に生れた太古史は、中央報徳會の好意に依りて、大正十一年に出版されたが、先に成りたるこの書は、一再印行を企てしも、天災乃至は人事の變故に遭遇して毎に齟齬し、心ならずも筐底に藏すること年あり。偶々新に得たる信友渡邊緑村君、我が山莊に訪れ來てこの事を聽き、これを以て之を下中氏に紹介し、仍て予は原稿を携へて氏に會し、之を提示するに至つたのであつた。その時氏は手に取りて、數個所繰りひらき、如電の眼閃を與へられたが、唯それだけで些の躊躇なく、即坐に出版を引き受けられた、その決斷には驚かされたが、あとにて聞けば、氏は元來博言學について格別の經歴、素養があるのだといふことである。道理こそ、一瞬の眼光紙背に徹して、即座に取捨を判せられたものであらう。と思ひては思はざる、知己を得たるを感謝すると同時に、其の専門の智識に對して、慚愧の冷汗を流した次第である。兎まれ斯樣の因縁を以て、枯木が春に逢うたのであるから、若し僥倖にして、この書が時代の文運に寸益をも及ぼすことを得ば、そは全く下中氏の篤志と渡邊君の友情との賚である。
 さて順序として、聊か内容を披露せんに、この書別つて五篇となす。第一篇は一般の言語、即ち人類の言語の總説であつて、斯學進歩の状況より説き起して、世界言語の分類に至る。第二篇『日本の言語』は言語學上に於ける日本語の位置より、日本語一切の事項の説明に至る。以上二篇が總論であつて、斯學研究に入るの準備、即ち其の門路である。第三篇『語原の研究』第四篇『語原の説明』この二篇が本書の中核骨子であつて、本書の價値も立案の當否も、全く是に依つて判定せられるのである。第五篇『語原解釋の實例』は、即ち本書所説の法則の適用であつて、二千有餘の普通語解釋より、國名、數詞、方位その他、各種の解説を網羅してゐる。
 固と專門に屬すると雖も、自分素人の立場を據守して、何人にも讀み易く、解し易い樣にと努めたのであるが、その書名も『日本語原……』と書いたまゝ、その下を『學』とするか『論』とするか、乃至は『……の研究』とするか、未定のなりでさし置きたるに、植字の方では正直にその通りに組んで了つたので、今更組み直すほどのことでもないと、そのまゝ印刷させたのである。隨つて文句に落ち着きがない様であるが、しかし兎にかくに日本語の語原を取扱ふ書物であるといふことだけは判るであらう。
 校正を終るに臨みて、更に再び顧みるに、先輩大家が、未だ曾て試みざりし、這個至難の荊棘に向つて、先づ一鍬を打ち込みたる勇氣の程、自分ながらも感服の至り、否驚き入つたる次第で、全く知らねばこそである。暴馮の戒め、盲蛇の誹り、無論謹んで之を甘受し、尚厚顏にも先輩識者の格別なる御懇教を仰ぐといふ。
  大正十五年夏
                          著者謹識

  目次
第一篇 一般の言語
 第一章 言語學の進歩
 第二章 言語の定義
 第三章 言語の起原
  一 語根の本源   二 名詞か動詞か   三 一元か多元か
 第四章 言語の分類
  一 系統的分類   二 形態的分類

第二篇 日本の言語
 第一章 言語學上に於ける日本語の位置
 第二章 日本語の發生
 第三章 日本語の發達變化
  第一期   第二期   第三期   第四期   第五期   第六期
 第四章 日本語の純系保存
  第一 和歌を鼓吹する事
  第二 漢字を廢止する事
  第三 學校教科書に成るべく多く純系語を使ふ事
  第四 純系語の自己發展を助長する事
 第五章 日本語の分類
 (一)純系語  (二)漢語  (三)外來語  (四)雜種語

第三篇 語原の研究
 第一章 語原の研究とは何ぞや
 第二章 語原研究の歴史
 第三章 語原の分類
 第四章 語の構成
  單音語 複音語 單成語 複成語 第一次語 第二次以下語
 第五章 語の發達
  分化 轉化 通音 延約略 音便 語の文典上に於ける資格の轉換
 第六章 語の分類表の一例

第四篇 語原の説明
 第一章 五十音圖
 第二章 音義の大要
  五十音音義抄略
 第三章 縱横音韻各行の特色
 第四章 活語助語
  一 活語の部   二 助語の部
 第五章 語原解釋の方法

第五篇 語原解釋の實例
 第一章 普通語の語原解釋
 第二章 國名數詞方位並に歳時名
  一 日本の國號  二 諸國の名稱  三 數詞  四 方位の稱呼
 五 年月日
 第三章 語原より見たる衣食住
  一 衣服 二 飮食 三 住居
 第四章 語原雜話
  一 花とフラワー 二 鷹と乙鳥 三 餅と歌賃 四 オヂヤと落雁
  五 探題と問答 六 把笏と神變 七 如在存在腕白等 八 樽と酒
 九 本所と大阪   一〇 無言の談判

以上

       用語例
 本書中の學術的用語は大體に於て、一般言語學上の慣例に依ること勿論であるけれ
ども、多少特殊の遣ひ方をしたのもあるから、念の爲、左に若干を掲げて置く、
言語學 フイロロジー           (Philology)
比較言語學 コムパレチヴ・フイロロジー (Compertire philology)
語原學 エテイモロジー (Etimology)
發音學 フオネテイツク (Phonetics)
言語、國語 ランゲーシ          (Language)
我が國語、國語、邦語           日本語
方言 ダイアレクト            (Dialect)
系統的分類 ゼネリツク・クラシフイケーシヨン   (Generic classification)
形態的分類 モルフオロジカル…… (Morphological
單綴語 モノシラビツクランゲージス (Monosyllabic Languges)
膠着語 アツグルユーチネチヴ…… (Agglutinative )
曲轉語 インフレクシヨナル…… (Inflectional )
語 ウオード (Word)
語の構成 コンスチチユーシヨン・オブ・ウオード (Constitution of words)
語原 エテイモン (Etimon)
語根 ルート (Roots)
分化、派生  デリウエーシヨン (Derivation)
死國語 デツドランゲージ (Dedd langage )
死語  デツドウオード (Dod words)




posted by うわづら文庫主人 at 16:58| Comment(0) | TrackBack(1) | 国語学論文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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井口丑二(1926)『日本語原』
Excerpt: 大正15.6.15 平凡社 菊判 p545 『日本語源大辞典』(『日本国語大辞典』)には、採用されず。 井口丑二は、1871〜1930の神道家。 画像
Weblog: 日本語の語源説
Tracked: 2005-03-08 16:59
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