2005年07月04日

近松門左衛門「信州川中島合戦」(輝虎配膳)

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「日本名著全集」。校訂・解題は黒木勘蔵(1882〜1930)。

解題は以下の通り。
 享保六年八月三日竹本座初日。
 信州諏訪明神に參拜した武田信玄の世子四郎勝頼と長尾景虎の息女衞門の姫との情事を悪意ありて村上義清が表沙汰とした爲に甲越の兩雄は戰端を開く事となり、村上は漁夫の利を占めようと企てる。相携へて走つた勝頼衞門の姫の急を救はうとして野猪の爲に不具となつた山本勘助は、武田信玄の三顧の禮に感じて桔梗原の茅屋を出でてその軍師となる。景虎は重臣直江山城と山本勘助との姻戚關係を利用して勘助の老母を囮として勘助を招かうと苦肉の計をめぐらしたが、老母の剛骨なる振舞のためにその計畫は失敗した。
のち村上は勝頼と衞門姫とによつて殺され、川中島に對陣中の甲越兩雄も山本勘助の働きで和睦するといふに終る。第三段は「輝虎配膳」の原作であり、勘助の妻おかつの吃りの仕打は「傾城反魂香」の「吃又」の轉用である。
 享保六、七締頃に京都の龜屋座で興行した「けいせい足曳山」は此作を歌舞風に仕立てたもので、信玄に辰岡染右衞門、輝虎に三保木儀左衞門、衞門姫に尾上菊五郎、直江に山木彦五郎,妻からあや坂東豐三郎、勘助母榊山小四郎、玉とよ辰岡久菊、勘助榊山四郎太郎等の役割であつた。
 校訂用原本は七行七十八丁本。


この作品は吃音を題材にしています。そのような作品を公開する意図は、吃音者をおとしめることでありません。吃音がどのように見られてきたのかという、歴史的な資料として示すためです。

吃音の他にも、身体的な障害を揶揄する文言なども見えますが、これも、歴史的な資料として、改変せずに掲げます。

なお、吃音であっても、謡などを使うと話すことが出来る、ということは、能狂言にも見られます。「武家共通語と謡曲」に、その例をいくつか挙げております。これは、私の関心のありどころを示す文章でもあります。

以下に、「輝虎配膳」の部分である「第三」を載せます。校正不十分で読みにくいと思いますが、ご容赦下さい。

    第三
葉公《せうこう》龍を好んで畫き刻めども。眞の天龍を見て魂を失ふ。是龍を好むにあらず。龍に似て龍にあらざる物を好むといはん。將の賢士《けんし》を好む賢に似て賢にあらず。少《すくな》い哉《かな》才賢の臣。然《さ》れば長尾輝虎。信玄と初度《しよど》の合戦に勝利を失ひ本城に勢を引入れ。執權直江山城守實綱。甘糟柿崎宇佐美なんど。侍大將召集め。今度の戰爭《いくさ》味方三萬の人數を以て。武田が一萬二千に駈け崩され。無念の敗北骨髓に徹す。日頃危き勝を好まぬ信玄。朝霧の紛れに大河《たいか》を渡し。切所の細道より我が旗本の後《うしろ》へ押し廻し。無二無三に駈け破りし武略の鋭さ。信玄が胸中より出づべからす。如何なる軍師が敵に與《くみ》し斯《かゝ》る奇計をなしけるぞ。汝等聞かずや知らずやと眉毛|逆立《さかだ》て眼《まなこ》に角《かど》。以ての外の(フシ)不機嫌なり。
甘槽柿崎詞を揃へ。我々も其の心付き間者《かんじや》を入れて窺ひ聞き候ヘば。山本勘介晴幸と申す浪人を召抱へ。備《そなへ》陣取《ぢんどり》士卒の駈引。一向《いっかう》勘介が下知と承ると申しも敢ぬに。
ムウ音に聞く勘介。則ち直江が女房の兄ならずや。ヤイ山城。近き縁者の身にてなぜ我に勸めず。何と油断して
敵には取られし。 信玄が千石くれば二千石。三千石やらば六千石。五千石ならば我一萬石もくれんずもの。我が家を見限りしか。但し此の輝虎勘介が主に不足なるか。所存あらば言へ聞かんと(フシ)顏色。急《せ》いて見えにける。
(地) 直江少しも驚かず。御意なくとも申し上けんと存ずる所。尤彼が妹を相具し候へども。勘介には未だ對面致さず。 在郷に引込《ひつこ》み鋤鍬取つて自ら耕し。秋の田面《たのも》の月に嘯《うそお》き。薪を荷《にな》うて山路の花を友とし。世を諂《へつら》はず祿を食らず。天命を樂み義を堅く守る士。越後半國賜るとて。傳縁引《つてえんびき》を力に知行を望む勘介ならす。憚りながち君御短慮高慢にて。人に詞を下げ謙《へりくだ》ること御嫌ひ。世の中八分に見下し。思ふ樣に知行さへやらば。樊 張良でも抱《か》へて見せんとの思召とは大きに相違。今度武田方になりたるは。必定信玄が上手を盡して招きたるに疑ひなし。某も餘りに残念枕を割りし一|手段《てだて》。短氣を鎭《しづ》め無念を押ゆる御合點ならば。密々《みつ/\》に申上ぐべし
と恐るゝ方なく申しければ。さしもの輝虎理に服しほく/\頷き。座敷を屹と見渡せば。甘糟始め物大將 (フシ)殘らず御前を立ちにける。輝虎色を和げ給ひ。
これ實綱。智ある軍師を親師匠とも貴《たつと》ぶは古《いにしへ》の法。勘介我に奉公せば。弓矢八幡|臑《すね》を持たせても堪忍する。おことが思案は何と/\。
さん候勘介幼少にて父に離れ。七十に餘る老母に孝心深く。廿四孝の追加と沙汰に乘る孝行者。先づ母を靡《なび》けん爲。女ども方より迎ひを立てさせ候と申す所に。直江が妻の唐衣《からぎぬ》遣戸口《やりとぐち》に差伺ひ。
なう山城殿。母様先程お著き。兄勘介殿の内儀《かもじ》樣も同道。指圖《さしづ》の通り直に御城へ乘物入れさせ。お次の臺手《だいす》の間に憩《やす》ませ置きしと。
聞くより輝虎出來た/\。具《つぶさ》に聞きたし是へ/\。御免ある近う參れと呼出し。
(詞) シテ 母は年寄られしか。機嫌はよいかと問ひければ。
長浪人の辛苦にや腰は二重|天窓《つむり》は雪。十《とを》も老《ふ》けて見えながら行儀作法は昔に變らず。勘介殿の御|内儀《かもじ》。お勝様にも始めて逢ひしが尋常な氣高《けだか》い嫂御《あによめご》。 (詞) 一つの疵は口が吃《どもり》で物いふ事も恥かしがり。請《うけ》返答は皆筆先。其の上琴の上手筆にも書かれぬ急な時は。いふ事に節を付け琴に乘せ謠へば。如何様《いかやう》の早い事も吃らずにいはるゝと母様の物語り。其の手の見事さ墨付筆勢《すみつきひつせい》。御家中の祐筆衆にも少い程の器用人。吃りが直して進ぜたいと。
語れば直江一段々々。隨分母の機鎌を取り。何時迄も逗留ある樣に待遇《もてな》せ。さぞ老體の草臥《くたびれ》れ。是へ請じ此の御座所に直して馳走々々。
殿と我とは障子の蔭にて事の様を計らひ。首尾を見合せ對面せんと (フシ) 主從伴ひ入りにけり。
折しも床の。大和琴。硯料紙も座敷に並べ。唐衣廊下の欄干に手を掛け。
(詞) 山本勘介殿の内儀《かもじ》様。母御前連れまし是へお通り。山本殿勘介殿の内儀様《かもじさま》母樣と。招待の聲聞ゆれば。音高し/\ (フシ) 塒を出でし。老の鶴。子に逢ふ迄ぞ世の人の。問ふとも我は(フシ) 名なし鳥。名を洩さんはをこがましなう唐衣。此の越後は勘介が主君。信玄公の敵の國。和女《そもじ》の夫《をつと》は敵の御家老。其所《そこ》へ此の母が來る義理はなけれども。此の世の名残に母の顔見たしとの文《ふみ》の面《おもて》。我も娘戀しさ迎ひと打連れ。言舌《ごんぜつ》廻らぬ嫁を力に下女も連れぬ此の有様。 山本勘介殿の。母よ内儀よと聲高にはいはぬ事。ヤアゑいと坐せんとするを手を取つて。直《すぐ》に是へと請ぜられ嫁のお勝が携へし。持刀膝《もちがたな》に引寄せ怯《お》めす場《ば》うてぬ白書院《しろじよゐん》。繍物《ぬひもの》したる褥《しとね》の上 威も備つて見えにける。唐衣《からぎぬ》近く差寄つて。お禮申すはお勝様。私《わたし》が孝行をお一人《ひとり》に振掛け。年寄の起臥《おきふし》朝夕の御介抱。此の度《たび》の道中雨につけ風につけ。山よ川よ嘸《さぞ》お氣盡し。詞には申し盡されずと。いひかける程口|籠《ごも》り。只あい/\と笑顔ばかりを愛想《あひそ》にて。硯引寄せ赤らむ顔のはぢ紅葉。木の葉の時雨さら/\/\。世尊寺《せそんじ》様《やう》の走書《はしりがき》讀手《よみて》に讀め易き。唐衣取上げアヽ/\是は忝い。お筆の通り姉となりとも妹となりとも。姉妹《きゃうだい》と思召しお心隔てず頼みとす。 扨此の御手跡わいの。存ぜぬ乍ら見事々々。此の半分どうぞ書きたい事やと。くる/\卷いて袖に納むる後《うしろ》より。直江裝束改め。狂紋《きやうもん》の綾の呉服一重。肩にかけて立出で式代《しきたい》深く。
拙者直江山城守實綱。お國元へ罷越し。親子の禮儀申し上ぐべき所。女どもより迎を參らせ。遠路の御光駕祝着是に過ぎず。山本氏の御内室にもよくぞ/\御同道。お心易く御逗留ある様に。態と御馳走は申さず。從つて此の小袖は。將軍義輝公のお着衣《めし》。二つ引兩《ひきりやう》の御紋付主人輝虎拜領致され。一兩度|著《ちやく》せられしばかり。當國は寒國|假睡《うたたね》の裾に置き給はば。輝虎も満足たるべしと差出せば。
起き直り莞爾《につこ》と笑ひ。
ヤレ/\。數ならぬ此の婆が來た事輝虎公のお耳へ入りしよの。扨は爰は聟殿の館かと思へば。御主人の本丸か。シテ此の小袖を婆に着よとか ホウ 御念の入つた事やの。扨々々。結構な狂紋の綾といふ物か。流石將軍のお召料《めしれう》。さりながら。輝虎殿が一兩度も着給ふとあるからは輝虎の古着《ふるぎ》。此の婆は此の年
迄。人の古着貰うて着た事がない。なういやゝ忌々しいと。
詞に綾も艶もなく。呉服も (フシ) 色を失へり。
いや申し。母御に召せとは御挨拶。もと是は男模樣。勘介殿の土産になされよとの志。いや/\/\。武田信玄といふ主持つて何|乏《くら》からぬ勘介。土産《みやげ》には越後の名物鮭の鹽引。歸るさの道には木曾川の鮎《あゆ》の白干《しらぼし》。信濃梅の梅干。皺《しわ》のよつた此の顔の無事を見せるが土産ぢや。ヲヽ喧《やかま》しや聟殿御免と足踏延し臂枕。
直江も立つに立場なく勝手に向ひ手を叩き。たそ參れ/\。御時分がよし料理々々何として遲なはる。料理人め屹と申付けんと。料理を其の座の機《しほ》にして母の機嫌の鹽梅加減 オクリ 窺ひ/\ 立ちにける。
程なく御勝手よしとほのめき。本膳の懸盤《かけばん》に種々《いろ/\》の魚鳥。珍物の野菜|美味《びみ》を調《とゝの》へ。配膳の侍|直垂《ひたゝれ》繕ひ作法正しき疉|觸《ざは》り。御膳召上げらるべしと烏帽子|八分《はちぶん》に (フシ) 差上げ。てこそ控へけれ。
唐衣見れば主君輝虎公。はつと驚き是は恐れ冥加ないと。いはんとせしが仔細こそあらめと。
なう母樣。御膳々々といふ聲に起き直り座を組めば。管領風《くわんれいふう》の摺足にて膳の据振り敬ひ深く。通ひの座に手を突き。邊國の儀御馳走も心ばかり。召上られ下さるべしとそ仰せける。
老母會釋し。ホウ隔心《きやくしん》がましい饗應。殊に仰山な神前に御供《ごくう》供ゆるやうに。烏帽子直垂の配膳は。近習衆か外様衆《とざましゆ》か。常々女子どもに給仕さする此の婆。歯は拔ける口も乾《かわ》く。慇懃な給仕では窮屈で喰《た》べにくい。勝手へ立って休息めされ。唐衣|代《かは》れやとありければ。
いや辭儀は却つて迷惑。子息の山本堪介殿。勇といひ智といひ。楠正成が再來とも謂《いっ》つべき弓取 惜いかな武田信玄に奉公とは玉を泥に擲《なげう》ち。麒麟を繋いで犬とする如し。斯る英雄の御老母。直江山城内縁を以て。不思議の御出で一國に優曇華《うどんげ》の咲いたる喜。今日より我も母と頼み子となる證《しるし》の。盃頂戴の望。かう申すは長尾彈正の少弼輝虎。孝行始の給仕配膳と烏帽子を疂に着け給へば。嫁も娘もはつとばかり(スヱテ) 覺えす。頭《かしら》を下げにける。

老母膝を立直《たてなほ》しけら/\と高笑。ハアヽ長生《ながいき》すれば珍しい事を見聞くよな。鎌倉の海には鹿《しゝ》の角《つの》で鰹釣り。攝津河《せちか》の淵には麥飮《むぎい》で鯉を釣ると聞きしが。越後の國には老いさらぼひし此の婆を餌《ゑば》にして。山本勘介を釣り寄せんとはハ丶/\/\事|可笑《をか》しや/\。凡そ大將は天より受けたる明命を顧み。正直自然の規矩《すみかね》を外《はづ》さねば。天の時地の利に適ひ。諸卒是に和《くわ》し遂には誠の勝利を得る。總じて物には相應あり。此の婆が給仕には腰元|女《め》の童《わらは》が丁度相應。鷄を割《さ》くに焉《な》んぞ牛の刀を用ひんとは聖人の誡《いましめ》。人を瞞《たら》す僞|表裏《へうり》今日の振舞に顯れ。本心曲つた釣針に。釣らるゝ勘介ではおじやらしませぬわいの。此の膳部に手をも掛けては恩になる。輝虎殿と敵對の勘介が母。敵の恩を受けては我が子の鉾先に緩《たる》みが付く。義もなく勇もなき此の膳何にせんとずんど立つて。懸盤《かけばん》ぐわらりと蹴返せば。膳部亂れてひつた直垂。膝に味噌汁淵《ふち》をなし。魚より驚く嫁娘ハア/\ハアと。 (フシ) 肝を冷して
|惘《あき》れ居る。
短慮の輝虎くわつと急上《せきあ》げ。憎《にっく》い死損《しにそこな》ひ。小袖を呉るれば古着なんどと蔑視《さみ》し。剰へ天子將軍にも給仕致さぬ虎輝が据ゑたる膳を。臑に掛けて踏みちらす粗略《ぞんざい》。狂人同然と思へども堪忍ならず。皺首刎ねんと重代の小豆《あづき》長光。二尺五寸に手を掛け給ふを。直江山城飛んで出で御手に縋れば。唐衣母に取付きお詫《わび》/\と心を揉む。
何の詑言《わびこと》。聟の主人手向ひもせず詫もせぬ。サア手に掛らん/\と刀をかい込み立つたる擬勢《ぎせい》。ヲ丶其の喉止めん放せ直江。これ/\/\。臟《すね》を持たせても堪忍するとの御誓言は何と。禮儀は爰と制しても。(スヱテ)身を震はして無念の涙。中にうろ/\嫂《あによめ》が。 心|急《せ》く程口|廻《まは》らず拜んで廻りつ立っつ居つ。詮方なく/\涙片手に琴引き寄せ。琴柱《ことぢ》を律《りつ》に調べ替へ。
(歌) 免《ゆる》し給へ老の身の。(相ノ山) 力に。足らぬ。吃りの。不具者《かたは》を頼みに。 預けしは我が夫《つま》。預かるは姑。歌かひなく爰に捨草の。露より脆《もろ》き。命をや。空しく枯れし箒木《はゝきぎ》を。無常の煙となし果て。 一人|悄々《すご/\》。 歸るさは。(相ノ山) 拾ひし骨《こつ》の。供をして夫には。何と語らん。(ナホス) 代りには我が命母を助けたび給へ。お慈悲ぞやお情とわつと叫び。彈き捨ての琴に。身を投げ伏し沈む。鬼を欺く輝虎も哀れに心の緩むを見て。直江|押取《おつと》りア丶御|免《めん》あるぞ女ども。母を誘《いざな》ひ我が館《たち》へ/\。ハアヽ有難しと一禮に。お勝が嬉しさ物いひたげに。頭《づ》を振るばかり足もつかす踊節《をどりふし》。
(歌) 情《なさけ》の花のヤレ御所櫻。枝はゑゝゑつちりな。ゑゝゑつちりな。ナホスゑつちり越後の御繁昌と祝ひ。勇みて日を送る。(フシ)北國の。爰にも己が時知りて。是より北の故郷《ふるさと》を。慕ひてこそは歸る雁。況《まし》て老の身の今日歸る明日歸ると。怺《こら》へせいなき老母の心。隨分慰め止《とゞ》めよと殿の仰。御家老の姑女御前《しうとめこぜ》家中重んじ。毎日の進物四季草木の造り花。屏風掛物|歌書《かしよ》物語或は囀《さへづ》る籠のとり/\。
奥玄關の取次に所狹きまで積重ね。高田の局が披露にて女房達の取り捌き。表使の進物帳 (フシ) 筆を擱《さしお》く隙《ひま》はなし。時に信濃|堺《さかひ》の番所より早使《はやつかひ》到來し。今朝|未明《みめい》右の目は〓《かんだ》。左の足〓跛《ちんば》の侍御關所を通り候故。何方《いづかた》より何方《いづかた》
へ行く人と名を尋ね候へば。甲州山本勘介といふ者。御家老直江山城殿の御内證へ行くと申し。供の人馬をお國堺に残して通られし故。脇道より遮《さへぎ》つて先づお知らせと申し (フシ) 置いてぞ歸りける。
局手を打ち是は目出度い。山本勘介樣とはお客人樣の御總領。則ち奥樣の兄御樣。申上げたら嘸お悗び其の間に腰元衆《こしもとしゆ》。お座敷綺麗に掃除しやと。(フシ)いひ付け奥に入りければ。
手々《てんで》に雜巾とりの羽箒《ははうき》棕梠箒《しゅろはうき》。掃《は》いつ拭《のご》うつ立騒ぎ。なうお大知つてか。勘介様は奧にござるお勝様のお連合ひ。隱れもない軍法|者《しや》功《こう》の武士なれど。片目|〓《かんだ》に〓跛《ちんば》ぢやげな。此方《こちら》は吃り何と思《おも》やる。お寢間の睦言《むつごと》が不自由にはあるまいか。アヽ何のいの吃りで物がいはれいでも。肝腎《かんじん》の時はツイふん/\で濟む事。男は氣轉で|〓《かんだ》は愚か。兩方見えぬ眞の闇にも。夜|軍《いくさ》の早業は手ばしかい。一番乘りに(フシ)拔け目はないとぞ笑ひける。
上臺所に局が聲奥樣お城へお上《あが》り。板の間《ま》へお乘物廻しや。お供の衆とさゞめき裏門開く音して。高田の局立ち出で。これ何れも。旦那樣今朝よりお城にお詰めなさるゝ。御相談の事にて奥様も今御登城。 御夫婦御城よりお下《さが》りなき中。勘介樣お出でなさるゝとも。必す/\母御樣お勝樣へは先づ沙汰なし。此所《こゝ》でお茶あげ御菓子などで。御馳走致せとの仰せなりといふ所に。
山本勘介樣御出でと。小取次の撫子が案内にて。旅裝束の裁着《たちつけ》に膝は捻《ねぢ》れてちんがちが。左〓跛に右〓。雪折松に星一つ。葉越しに見ゆる男振り (フシ)座敷に直れば。女房逹ふつと噴き出す可笑《をかし》しさを。ヱヘン/\に紛らしてお次へ笑ひに立つもあり。御茶小姓がくつ/\/\手を震はして茶碗の臺。(フシ) 溢《こぼ》れたゆたふばかりなり。細瑾《きいきん》を顧みぬ大丈夫。笑ふも謗《そし》るも何ともなく。其方《そち》は局か。山城殿の御内室唐衣に。身が來た通り取次頼むとありければ。
ハア公用《こうよう》につき夫婦ともに登城。未だ城より下《さが》られす。先づ此所《こゝ》で御休息それお煙草盆。お菓子/\とあひしらふ。
ムヽ公用ならば歸りの程も知れまじ。山州《さんしう》夫婦に用はおりない。老母の氣色以ての外との便りに驚き。夜を日に繼いで罷越す。 早く母の顔見たし案内頼む。罷り通ると立たんとす
いや申し。 お袋様は一段と御機嫌よく。爰許へ御越しなされてより嚏《くしやめ》一つ遊ばさす。御家中の持て囃し毎日花の鳥のと。數々の慰みといふ程氣遣ひ。然らば女房勝に逢ひ申そ。いやお勝樣も御機嫌ようお袋様のお傍《そば》に。追付け御夫婦お下《さが》りに間もあるまじ。それお風呂急《いそ》がしや少しお休みなさるゝ爲お枕上げましや。ハほんに氣が付かなんだ。お慰みに御酒上げましよと オクリ 殘らず。立つて入りければ。
座敷には客人一人とほんとして手持わるく。ハテ心得ぬ屋敷の體。母の大病十死一生只今の命も知れずと。女どもが自筆の文見るより前後辨へす駈着けしに。病人ある體とも見えす母は一段機嫌よしとて。女どもにも逢はせず。殊に公用につき山城が夫婦連れにて城へ上《あが》るとは。輝虎程の大將が女まじりに國の仕置き。軍評定するでもあるまじ。是ぞ不審の第一。ム丶ウムウ/\今氣がついた。母を囮《をとり》にかけて此の勘介を。味方に招き取る談合鏡に掛けたる如し。血を分けし妹なれども夫を持つては夫の爲。主の爲を思ふ唐衣めは尤至極。大阿呆《おほたはけ》は女房の吃りめ。輝虎の智略にて母を馳走し。一家中|尊敬《そんきゃう》するに心奪はれ山城にたらし込まれ。息災なる母を萬事限りとの文《ふみ》を以て。我を釣寄せまんまと敵國《てきくに》の袋へ入れしよな。エ丶後悔千萬一應も再應も念入る筈の事。母の生顔《いきがほ》ま一度見たし拜みたしと思ふより外他念を失ひ。ふか/\と踏み出《だ》せし勘介が一生の麁忽後代の笑草。いや/\片時《へんし》も止る所でなし。母を奪取《ばひと》り立ち退《の》いて鼻明かせんと立ちあがり。見やれば奥《おく》に間數も多く案内知らず。門《もん》を出て後の塀をや乘るべき。サア一代の難所《なんしよ》我が爲の鐵拐《てつかい》が嶽|鵯越《ひよどりごえ》。心の山坂|跛馬《ちんば》行きつ。戻つつ思案最中
(フシ) 誰《た》が知らせてや。女房お勝走り出で。コ丶ツ斯《か》うとばかりに取りつぐ所を。物をもいはず後樣《うしろさま》にはたと突きのけ駈け出づる。又引きとめて ナアナアなゝん何とウ丶ウロ/\/\ウ丶狼狽てござつた口こそ叶はね。コ丶ッ此方《こなた》のニョウによん女房《にようぼ》。勝が預つて來たからは氣遣ひちややつちやるな。やんがてぱぱぱぱツばあちやまつれて抜けて歸る。拔けて戻ると心はいへど詞には。ぬンゝぬんとばかりにて (スヱテ) 涙は聲に先立てる。舌も廻らぬ頤《おとがひ》から何と狼狽へ來たとは。三界にたった一人の母今を限りといふ文に。狼狽ゆるが不思議か。夫の狼狽ゆる文《ふみ》書きしは何者に頼まれた。(地) サア誰に頼まれたといへども更に覺えなければ恨《うら》めしげに。夫の顔に指ざしし。ウヽウ嘘《うそ》わいのと泣き沈む。(詞)ヲ丶嘘《うそ》か誠か其の文爰に懐中せり。汝《おのれ》が手跡是見よと投げ出せば。さつと披き見れば我が手跡。
(詞) カカカヽヽヽ悲しやコッ此の手が腐《くさ》ろ。カッ書きはせねども筆々フウ筆は私が筆と。繰返し/\よく/\見て。(詞) ソ丶そでない/\ニイニ丶似せた似せ腐つた。似せ居つた奴《やつ》穿鑿して。生けて置かぬと走り入るを
こりやまて阿呆者《うつけもの》。穿鑿とは誰を穿鑿。元來似せらるゝが汝《おのれ》が過り。物を似せるに手本がなくて似せらるか。總じて敵の國へ入る時は擧動《たちふるなひ》にも氣を付け。一言半句の詞をも愼み。油斷せぬこそ男も女も武士の心掛け。唐土蜀《もろこししよく》の單富《たんふ》が古事など。常常に聞きながらうか/\と書きちらす故に似せられ。跡で穿鑿恨みいふ程恥の恥。
エ丶無念や一生敵の計略に乘せられぬ晴幸。母といふ字に心|眩《くら》み敵國へ踏み込みしは。汝《おのれ》が筆先不覺を取らせし。それでも山本勘介が女房とばし思ふかと。がはと蹴付けはつたと睨む片目の光り。月日と星の三光の一度に照《さ》すかと身に徹《こた》ヘ (スヱテ)わつと叫び人りけるが。
ア丶ア丶あさましきは不具者《かたは》の身。クウ丶丶國を離れて今日の一日まで。ユ丶夢にもコツ心休めず油斷とてはナアなけれどもさすがヲン女子《をなご》どしセ丶セン煎じ茶の夕暮雨の夜のツ丶丶丶徒然《つれ/\》度度に琴もヒイ彈かれず筆先の物語。ホウ反古《ほうぐ》を誰か拾ひ集めて手本とはナヽヽヽなしけるぞやシイ七年先のクワッ懐姙|五月目《いつゝきめ》に小産《せうさん》し。チヽ血の騒ぎに舌縮まり。ムウヽ生れもつかぬ吃りとなりフウ筆を舌にて物いひし。ヲウヲ丶思へば身の敵是が癒《なほ》る物ならば。クヽヽヽヽヽ口|側《くちわき》をキッ切裂《きつさ》き。シイ舌の根をヒツ引き出してもせめて死《しに》ざまに。彌陀の六字の名號を。マ丶ヽヽマン/\まんろくにトヽヽヽヽ唱へて死にたいと掻き口説《くど》き身を悔《くや》み。廻らぬ舌に急《せ》きかけ/\繰りかけて吃らぬ。物は涙なり。
不具者《かたは》を悔む身につまされ。天魔を欺く勘介も 不便《ふびん》彌増《いやま》し涙ぐみ。先年の小産より吃りとてそれぞ天命誰をか恨みん。我も猪《ゐのしヽ》の難より五體不具になりたれど。畜生に恨みなく魂は元の勘介。おことも吃りに心を屈せす。始めの根性を確《しつ》かと据ゑ誠晴幸が妻ならば。勝手は知つたり奥に入り母に知らせ盜み出せ。我は裏の塀を乘り易々《やす/\》と退《の》くべきがおことは何と。ソウソ丶ツそれでは此方《こなた》の。ニヨニヨン女房か。おんでもない事七生迄も女房女房。ハアヽ/\カヽヽヽヽヽウ忝い。カカヽヽヽヽツ畏つたと駈け入る今のかゝ/\は。 (フシ)世界の嚊《かゝ》の手本なり。サア心安し賢うぞ更《あらた》めぬ旅|出立《いでた》ちと。勇みて出づる透垣《すいがき》の蔭人聲して。
勘介歸すな無體に歸らば討ちとめよと。十文字の槍先照る日に輝き犇《ひしめ》いたり。
ヤ蜂に螫《さ》ゝれ 益ない事と。庭にひらりと下りしも路次《ろし》の木履《ぼくり》片足《かたし》。短き左に確《しつ》かと穿き。跛《ちんば》に繼《つぎ》して兩足揃への高低《たかひく》なし。一つの目玉に八方見廻し立つたる所に。後を取り切る片鎌槍向ふよりは十文字。前後一度に突出せばまつかせと開く四寸の身。槍と槍とがかつしと當つて結んだり。ためらふ間もなくたぐり引き又突きかくる上下の穂先の下段に來《く》るを木履《ぼくり》の歯にてはつしと踏み止め。上段に突く潮頸《しほくび》もと右手《めて》伸べて確《しつ》かと取れば。取られじ物と堪《こら》ゆるを兩手を掛けてヤアぐつと引奪《ひったく》り。石突《いしづき》を押取《おっと》り延べ二人が頭ばた/\/\。したゝかに叩付けられ槍を捨てて走込む。組んで留めんと無刀の男。大手を擴げ飛びかゝる。脇の下を掻潜《かいくぐ》り太股掴んでどうと打付け。腰骨踏まへで小膝を突けば。間も隙《すき》もなく七八人左右より組みかゝる。左手《ゆんで》に擔《かづ》いて右手に投越し。右手に擔いで左手へ投越し引擔ぎ/\。筋斗《もんどり》打たする手利《てきゝ》の早業。敷かれし男も肩息《かたいき》にて(フシ)一度にどつとぞ逃散つたる。
エ無用の隙費《ひまつひや》し信玄公の旗下にて。 討死する迄二人の主を取り。外の祿は喰はぬ勘介。馳走しつ手込めにしつ。扨々揃はぬ人の心の照降りやと。
(フシ)木履片足《ぼくりかたし》で追駈《おつか》け行く。實綱城より駈戻り。南無三寶はや歸りしか曲もなし勘介。
(詞) 當國に足を留《と》めて貰ひたき主人の懇望《こんばう》。甲斐の國ばかりに月日の光あるでもなし。 片意地も能い加減。是非に歸らば此の實綱が首腰に付けてお歸りやれと。隈々《くま/\》尋ね呼びかけ慕ひ出でにけり。奥にはためく太刀音|嫂小姑《あによめこじうと》。互に白刃《しらは》引《ひつ》そめば。恨めしいお勝殿。和女《そなた》の似せ文して兄様を呼び寄せん爲。書き捨ての反古《ほうぐ》を集め。女子どもにも隱し忍び手習ひし。幾瀬の心盡しは夫に手柄させたいばつかり。兄様こそ武士の我《が》強《つよ》くとも。傍《そば》から和《やはら》ぎ入れ。縁者一門睦じうするが妻たる者の道。折角呼び寄せた母樣迄奪うて歸らうとや。兄樣ばかりか唐衣が爲にも母。此の首は遣つても母樣は遣るまいが。見事連れて歸るか。
エヽキウ聞えぬカツ唐衣。ドヽヽヽヽヽ吃りの女アナ/\/\侮《あなづ》つてよう似せ文シイしたな。ナヽ涙が溢れてクウ/\口惜しい悲しい。預《あづ》きやつて來たハヽッ母《はつ》ちやま。ノヽンのめ/\とスツ/\スッ/\捨てては歸らぬ。ナヽ名殘り惜く首に なつてお供せいと。はたと切るを請け流し打てば外し開けば切る。互に命を塵とも灰とも吃らぬ太刀筋曇らぬ刄《やいば》。鍔音《つばおと》響く物見の亭《ちん》。障子をさつと明けて出でたる老母の顔面《かんばせ》。
母様止めて下さるな
と聲を掛くれば。
ヲヽ止めぬ出来《でか》す/\。切結んだ其の太刀兩方引くな動くなと。
いふより早く眞逆樣我が身を二つの刃の上。兩の肋を貫かれ。背骨へ二本の切先《きつさき》は(フシ)朱《あけ》に染みてぞ顯はるゝ。
ハアヽ是はとばかり嫁娘途方にくれて泣き叫び。家中の騒動勘介直江も取つて返し。輝虎も聞きかけ裸背《はたせ》馬にて駈付け給ひ。仔細ある敵國の大事の客人殊に老女。我が國にての落命他國の聞え。難儀至極と大きに騒ぎ見え給へば。勘介涙にくれながち。武田信玄の家臣山本勘介といふ子を持ち。何か述懐御不足但し人に御恨みばし候か。
(地) エヽいひがひなき御最期と。 (スヱテ)手負《ておひ》に力を付けければ。顔振上げて我が子とも覺えぬ事をいふよな。 人に恨みあるなれば其の人と刺違へ死ぬる迄。述懐を相手にして命を果す婆《ばゞ》ではない。疾《とっ》くに自からは輝虎公のお手討に逢ふ身の。存《なが》らへしは命の外。一國の大將の手を突き敬ひ御配膳。足に掛けて蹴散らせし。其の時の怒りの顔思へば能くも堪忍はし給ひし。食は人の天なれば下人下女の据ゆるにも。膳に向へば禮儀あり法に背く慮外婆。車裂牛裂にもとさぞ無念御腹立。何時の世に忘れ(フシ)給ふべき。
お心に從はずふり切り歸る勘介。追手《おつて》を掛けて搦め捕られ。 母めが憎しみ此の時と。逆磔《さかはりつけ》にも行はれ弄《なぶ》り殺しと聞くならば。此の度母が死なぬ悔みは如何ばかり。
坊主檜さに袈裟まで憎き世の譬喩《たとへ》。 唐衣迄如何なる憂目に逢ふべきと。思へば胸を裂く如く思ひ歎いて此の死樣《しにざま》。何に似たぞ能く見よや。磔《はりつけ》の罪科人嫁娘の錆刀は。輝虎公のお仕置《しおき》の大身の鎗。貫ぬかれ死するからは憎しみは是迄。勘介を恙なく本國へ歸し給はれと(フシ)執り成し。頼む直江殿。扨も/\如何に不定世界とて。斯くも定めなき物よ。母が生れは尾張の國駿河の國にて人となり。三河の國へ嫁入して信濃の國に浪人住居。今甲斐の國に主取りし。爰ぞ我が露の身の置所往生所と定めしに。思ひもよらぬ越後の國の土となる斯く定めなき人界《にんがい》は。彌陀の淨土も覺束なやと清き眼にはら/\涙《なみだ》。
堪へかねて嫁娘わつと歎き伏しければ。勘介心も目も眩み。獅子王の如き輝虎も。包むに餘る落涙に(フシ)目を數瞬《しばたゝ》いて在《おは》せしが。(地)堪《たま》りかねて大音上げ。アヽ敢《あへ》なや是非もなや。我も人も武士《ものゝふ》の身は打見ばかり美々《びゝ》しく。はかなき物の上はなし。あの婆が一命を義理に捨てしも。武家の名を惜む不便さよ。| 《みさご》といひて魚を取る鳥あり。野鷹是に番《つが》ひ| 腹《みさごはら》の鷹の子は。成長の後必す母の業を繼ぎ。淵に躍る鯉を取る。侍も其の如く胤腹揃ふは少なきに。天晴勘介が母なりし惜しや非業の死《しに》をさせ。方々《かた/\》が哀れを見る事も輝虎故とばかりにて。さしも我強《がつよ》き大將の(スヱテ)そゞろに袖をぞ絞らるゝ。
(地)ヤア何をかな追善と。指添《さしそへ》拔いて左の手に髻掴《もとどりつか》み。元結際《もとひぎは》よりふつつと切り。家の弓矢は捨てずとも姿は發心《ほつしん》。名をも今日より改め輝虎入道謙信。切つたる髪は佛にも捧げす。出家の手にも渡すまじ。勘介に取らする謙信が首取つたる心。是ぞ母の香奠今はの心悦ばせよ。武士の武邊《ぶへん》は珍しからす。汝が孝行を感じ入つての(フシ)餘りぞやと涙に。くれて賜びければ。ハアヽハア有難きお情と廣縁に平伏《ひれふ》して。涙|肌骨《きこつ》を搾《しぼ》りしが。 御心に隨はぬ恨みを捨て重々の御懇情《ごこんぜい》。申上げん詞もなし。形と心は信玄に仕へ御陣に向ひ。錆矢は射掛け申すとも切《せめ》ての御恩報じ。頭《あたま》ばかりは御法體《ごほつたい》の御供と。同じく指添するりと拔き髻掴《もとどりつか》んでずつかと切り。
サア今日より山本勘介入道|道鬼《だうき》。道は道といふ字にて母を導く菩提の道。鬼《き》は鬼と讀む字にて鬼紳も挫《ひし》ぐ道鬼入道。親の冥途の餞別《はなむけ》と二つの髻《たぶさ》を手に持たせ。血に塗《まみ》れし膝の上。額を付けて忍び泣き。母は苦しき。目を開き。生れ落ちて此の年迄六ケ國を歴巡《へめぐ》り。遂に住所定まらす丁度七十二年目に。西方安樂國と永き住所定め。此の二總《ふたふさ》の切髪は瓔珞華鬘幡天蓋《えうらくけまんはたてんがい》。住家《すみか》を飾る樂しやな。大將にお暇《いとま》とは恐れあり。
(地) 嫁よ娘よ聟よ子よさらば/\南無阿彌陀と。兩の手に二腰の刀を拔けば死出の旅。橇《そり》に乘らねど道急ぐ(フシ)越路の雪と消えにけり。人々はつとばかりにて泣く/\死骸に打掛くる。唐衣お勝は掻きくれて。絶え入り消え入り亂るれど亂れぬ武士の殯《かりまがり》。歎きは盡きす詞は盡きて互に目禮葬禮《もくれいさうれい》は。直江夫婦が涙の種勘介夫婦が別れて歸る。姿に謙信哀れを増し。
(詞)ヤレ待て暫し母が追善。信玄へ土産《いへづと》せん。聞けば信濃の村上が甲斐一國の鹽|止《ど》めして。人民士卒を悩まし鹽攻めにすると聞く。 さもしし卑怯なり。謙信が軍は鉾先鹽攻めなんどの勝負はせず。(地) 我が越後には海あり甲斐の。一國の鹽に事缺かせず馬車にて續くべし。軍兵の精力堅くして。我と合戦せられよと信玄に傳へよ。ハツア重ね/\情ある詞のしほに身の歎き。涙満ちくるばかりにて御暇申す武士《ものゝふ》の。情は情仇は仇胸を二つに押し隔て。横をりふせる甲斐がねの弱身《よわみ》を見せじと包めども。枯れてかひなき柞原《はゝそばら》。蔭を離れて別れ路は跡に。引かるゝ足弱車《あしよわぐるま》。片輪車や廻らぬ舌のドヽヽヽ吃りが盡きせぬ名殘。筆に書かれず謠はれず泣いつ。叫んづ足もどもる身もどもる。歩み。兼ぬれば力を付け。引立《ひつた》て引かれてコヽコヽヽヽツ心を殘してカヽカヽカヽン。歸りけり。


posted by うわづら文庫主人 at 20:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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