2005年03月15日

潁原退蔵「俳諧史」(岩波講座日本文学)

ebara_haikaisi.pdf

     目次
一 序説
二 發生時代
  一 概説
  二 宗鑑と犬筑波
  三 守武と獨吟千向
三 貞門時代
  一 概説
  二 貞徳と貞門の俳諧
  三 貞門の人々
四 談林時代
  一 概説
  二 西山宗因
  三 談林俳諧の特質
  四 談林の人々
   1井原西鶴 2岡西惟中 3菅野谷高政
   4田代松意 5其他の人々
五 蕉風時代
  一 概説
  二 蕉風の先驅
  三 蕉門の人々
  四 貞門・談林の餘流
六 享保時代
  一 概説
  二 洒落風と化鳥風
  三 美濃風と伊勢風
  四 淡々と京阪の俳壇
  五 五色墨
七 中興時代
  一 概説
  二 中興の諸家
   1與謝蕪村 2加藤曉臺 3三浦樗良
    4堀麥水 5高桑闌更 6加舍白雄 7大島蓼太 8其他の人々
  三 凉袋・太祗・也有
八 化政時代
  一 概説
  二 中興諸家の門流
   1蓼太門 2白雄門 3曉臺門 4闌更・蕪村・青蘿・樗良門
  三 江戸の諸派と成美
  四 京阪の諸派と地方俳壇
九 天保時代
  一 概説
  二 江戸の俳壇
  三 上方の俳壇
  四 地方の俳壇
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2005年02月28日

笹川種郎「黄表紙概説」

 赤本に源を發して、黒本となり、青本(黄表紙)となり。次第に巻数を増して、遂に合巻物となつたものを總括して草雙紙と云ふ。『近世物之本江戸作者部類』に、「この册子は表紙に至るまで薄様の返魂紙にして、悪墨のにほひある故に、臭草紙の名を負はしたり」とあるが、草雙紙のくさは臭ではなくして、軽少の意味で、軽い草紙と云ふ義に外ならない。
 赤本と云ひ、黒本、青本と云ふのは、表紙の色から名を負うたもので、繪本に行成表紙かあるか如く、表紙から名を負ふものか、當時には相當にあつたのである。赤本は古くは延寶の頃から初めて、享保より寶暦頃まで頻りに刊行せられ、猶後年にまで及んでゐる。上方にては天和、貞享、元禄の間に井原西鶴が浮世草子を著作し、都の錦、錦文流、西洋一風、北條團水、青木鷺水、林文會堂、月尋堂が相ついで此種の作に筆を染め、江島屋其碩、八文字舎自笑がいはゆる八文字屋本を出して、文運甚だ隆盛であつたのに、江戸は猶揺籃時代で、八文字屋本の盛んであつた頃に、僅に赤本を出す體たらくであつた。赤本は子供のおもちや繪本で、繪を主にして、文章は之を説明した、極めて簡單なものに過ぎなかつた。其の説明も畫家自ら書いたもので、文章としては何等の取得がない。畫家としては、近藤清春、鳥居清満、羽川珍重、奥村政信、西村重長、鳥居清信、山本重信などの名が見えてゐる。半紙半截本のものと、猶一層小形のものと.豆本との三種類あるか、小本豆本の方が半紙半截本よりも古いらしい。小本には延寶板の『大福長者富貴物語』があり、畫は菱川師宣の筆に成つてゐるが『花咲爺』と同じものである。豆本の『桃太郎』は、一寸七分に一寸二分の小さな本で、近藤清春の畫、享保八年正月の出版、大傳馬町三丁目丸屋九左衛門の發行にかゝる。同じ豆本の『おぐりの判官』『四天王の始』など、いづれも享保九年正月の版で、書肆は山本九左衛門とあるが、山本は丸屋の姓である。此等の赤本は多くお伽噺や物盗しの類で、『桃太郎』『舌きれ雀』『枯木に花咲せ親仁』『猿蟹合戦』『文福茶釜』『鼠の花見』『名人そろへ』『日本馬揃』『船づくし』の如きものであるが『初春のいわひ』『五百八十七曲』『俳諧一字題地口』のやうな變り種もある。一冊の紙数は五枚であるが、間々二册本三册本もないではない。延享、寶暦の頃からして、赤本は進んで黒本となつた。然し青本と云ひ、黒本と云ひ、唯表紙の色を異にするのみで、其初に於ては内容を異にしない。青本にて出版したものを黒本にて出すが如く、兩者は共通してゐた。唯赤本と異つて、進歩したところは、文と繪と相待ちて一篇を構成したのにある。作者としては丈阿、和祥、富川吟雪、山本義信、米山鼎我、鳥居清満、睦酒亭老人などの名が見えてゐて、作者又畫者を兼ねてゐたものが多い。『今昔浦島咄』『出入桃太郎』『雪中竹の子』『獅子大王』『王子長者』『大野長者』『金の長者』『鼠の縁組』『堅田の龜』『秀郷龍宮廻』『山姥』『狐と猿と間違噺』のやうなお伽噺もあれば『化物とんだ茶釜』『化物一家髭女』『化物三目大ほうい』『妖怪雪濃段』『化物車引』の如き怪談物、『殺生石水晶物語』『雨請小町名歌榮』『傾城嵯峨物語』『中將姫』『小夜中山』『佐用姫望夫石』『友切丸』『坂田金平』『臼井貞光』『織田又八』の如き傳説物、『妻懸稲荷出来』『大磯地藏咄』『義興矢ロ渡』の如き縁起物、『武田信玄初軍』『増補甲陽軍』『名勝智勇鉾』『百合若軍記』の如き軍記物、『實盛一代記』『義経一代記』『景清一代記』『鎌倉三代記』『大塔宮物語』『繪本太平記』『通俗三国志』の如き歴史物、『仇敵打出小槌』『敵討垣衣摺』『敵討美女窟』の如き敵討物、『傾城枕軍談』『男色鑑』『於萬紅』『男色太平記』『執着胴緋櫻』の如き艶物などがありて、其の範囲は相當に廣い。
kibyosi.pdf
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2005年02月23日

萩原朔太郎「詩 (現代詩の歴史的概観)」

      新体詩の発生
 日本で詩といふ言葉は、昔は漢詩を意味して居たが、今日の文壇では、普通に僕等の作る現代詩を意味してゐる。この現代詩も、発生常時は「新体詩」と呼ばれて居た。新体詩とは、和歌、俳句等の古い伝統詩に対して、新しく興った新形体の詩といふ意味であつた。しかし初期の新体詩は、たいてい七五調や五七調で書かれて居たから、形体上では、古来の今様や長歌と同じことで、特に「新体の詩」と呼ぶことはできないわけだが、この称呼はむしろ詩の内容に関因して居た。

hagiwarasakutaro_gendaisi.pdf
『国語文化講座』国語藝術篇所収。


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2005年02月21日

木谷蓬吟「淨瑠璃語の特異性」

 厳確な意味から浄瑠璃節と云ふと、頗る広範囲に亙つて、竹本義太夫の創めた義太夫節から、現存の長唄、常盤津、富本、清元、新内、一中、河東、古いところでは半太夫、文弥、薩摩、語斎、外記、土佐其の他を包含した汎称である。しかも義太夫節を除いた他の諸流は、多く関東で発展した関係上から、義太夫節をも、浄瑠璃節の一派として見てゐる。ところが関西では、義太夫節がひとり盛んで、全く他流浄瑠璃を圧して其の覇権を把握した為め、浄瑠璃と云へば、其のま丶義太夫節を指すことになつてゐる。それだけにまた、他流に比して総てに於て優れてゐることも事実であつて、殊更国語の問題に関しては、一層其の感を深うするものがある。それでこ丶には、義太夫浄瑠璃にのみ限定した訳である。

kitani_jorurigo.pdf


『国語文化講座』国語藝術篇所収。

木谷蓬吟は1950年没で、著作権は消失している。

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2005年02月20日

半田良平「百人一首講話」

 百人一首、委しくいへば、小倉百人一首と我々が常に呼んでゐるものは、どういふ徑路をとつて生れたか、まづそれから考へてみよう。
 一般に、百人一首は藤原定家の撰と信ぜられてゐる。その根據となるもので、私の眼に觸れた文獻が二つある。その一つは、一條兼良の『榻鴫曉筆』である。
京極黄門(註、定家のこと)昔今の歌仙一百人を選びて似せ繪にかゝせ、かの人の詠歌一首つつ色紙形に書きて、小倉山莊の障子に押されたる、今の世に百人一首と申し侍る是れなり。

 當否はさておき、まことに簡潔で要を得た記述である。小倉百人一首といふ名稱の起源もこゝに胚胎してゐる。

handaryoheiogura100.pdf
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2005年02月19日

五十嵐力『国歌の胎生及び発達』

五十嵐力は1947年没で、著作権は消失している。

「国歌」は、いわゆる和歌のこと。

目次等
前編
後篇1
後篇2
付録
索引・刊記
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2005年02月18日

北原白秋「作歌の體驗」

 此の短歌講座に、わたくしは作歌の體驗に就いて書くことを奬慂され、うつかり引き受けたのであるが、後で困つたことを約束して了つたといふ氣になつた。本來わたくしは、自己の體驗に就いて彼是と語ることを好む者ではない。作品以外に、その作品に就いて、自身を語ることは、ともすると誇りがましく見られ易いのである。作歌上の推敲といふことは、作歌者としては當然の行爲であつて、未熟ならば未熟なほど心を縷り骨を彫らねばならない譯である。苦しいにまれ、樂しいにまれ、些かも他に示して誇るべきものではない。今筆を執るに當つて、多分に、わたくしは怩忸たる氣持を内に藏してゐる。書かでものことを書くことに心が進まないのだ。
 然し、兎も角、約束は果さねばならなくなつてゐる。そこで、わたくしはわたくしだけの體驗を一々の例歌に就いて、多少とも、その推敲の成行を書き綴つてみようと思ふ。

kitaharahakusyusakka.pdf
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金子薫園「短歌初歩――歌に志す少年を對象として――」

 私は中學の二年に籍を置く者です。小學を卒業する前後は童謡を讀んだり作つたりすることが好きで、ノートに一ぱい書きちらしたものですが、ふいと童謡のつまらなさを感じて、これからの自分の趣味を充すものはこの童謡の外になければならないと思ひました。つまらなさといふのは、その幼さ、くだ/\しさです。それは幼年の或る一時期の心持を表はすに過ぎないと思ひました。それで、十七字の俳句に心持を向けてみましたが、これは餘りに文字が少なくて、自分の思想を盛るに不十分だと思ひました。私は短歌に頼るより外ないと決心しました。で、先生のお教へを受けようと思つて參りました。私を歌の幼稚園からお導き下さいますまいか。

kanekokunenwakasyoho.pdf

金子薫園は、1951年没で、著作権は消失している。
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千葉胤明「懷紙書式」

 名義 懷紙は和歌漢詩の正式な書式であつて、始めふところ紙を用ひたのでかく名づけられた。本講座の使命上、此處では主として短歌の書式を述べる。

tibataneakikaisi.pdf
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阪正臣「短册書式」

 短冊の書式を読くにさきだちて、其來歴のあらましを述べるのが順序であらうと思ふ。
 短册はタンジヤクともタンザクとも申し、短籍・短尺また短策等の漢字をあてゝをる。短册は古くよりあつた物であるけれども、歌を書くために出來たものではないのである。古くは短册はヒネリブミとも申して現代の紙札、切符、カードの如き用途をなしたものである。

sakamasaomitanzaku.pdf
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半田良平「短歌添削實例」

 こゝに引用した歌は、いつれも、私の關係してゐる歌の雜誌の社友が、こ丶二三個月間に作つたものであることを、初めに斷つておく。

handaryoheitankatensaku.pdf
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入江爲守「勅題詠進者の爲に」

 毎年一月、宮中に行はせらるる歌御會始に、勅題を詠進せむとする人の參考となるべきことを述べるに當つて、先づその沿革から述べることにする。

irietyokudai.pdf
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福井久藏「枕詞と序詞」

 枕詞といふ名辭は私どもの耳には何となく親しく響く言葉で、相當に深い内容を有つてゐると思ふ。近代人は和歌の技巧を排斥するあまり、この言葉を無批判に顧みない傾向がないでもない。これは適正に日本文學を取扱ふ道でない。私どもの拙い研究を俟つまでもなく、枕詞や序詞は本邦特有の措辭で、世界の文學に於ける修辭法上格段な地位を占めてゐるものである。而して極めて悠久な傳統を有してゐる。

image/hukuikyuuzomakurakotoba.pdf
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橘純一「平安朝短歌の歌格研究」

歌格といふ語は意義が明瞭でないが、短歌の表現形式の上に於て、その特有のリズムを形成する原因となるべき諸事項を一括して意味するものとしておく。

tatibanajuniti_kakaku.pdf
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印東昌綱「詠草書式」

 詠草とは、詠歌の草稿、すなはち歌稿のことであるが、轉じて、歌の草稿を書き改めたものの義となつた。いつの時代より、その名の呼ばれたるかは詳でない。古く寂蓮法師集に『藤三位季經、ふるき今の歌よみの和歌草』云々とあるが、これは、歌稿の義であらう。慕景集には『飛鳥井中納言雅世卿へ消息し奉りて、添削の詠草たてまつる時』とある。慕景集は、その作者に就いて種々の説のある集ではあるが、典故としては古いものであらう。近世の賀茂眞淵は、やはらげ訓んで、『ながめぐさ』と門人への書状中に書いてゐる。

into.pdf
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