2011年02月01日

『亀田次郎旧蔵書目録』

1960.03 国立国会図書館

団体名義の著作物につき、刊行後50年の年末(2010.12.31)に著作権保護期間終了


こちらから
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2007年06月24日

2007年01月06日

小泉苳三・現代短歌大年表

小泉苳三・短歌年表1・立命館.pdf

明治三十五年まで

立命館文学1−1

附・根岸短歌会の位相1
(同誌所載)
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2005年12月12日

新井白石「采覧異言」

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2005年11月04日

『夢酔独言』(『舊幕府』)

勝海舟の父、勝左衛門太郎(子母沢寛以降、「勝小吉」と呼ばれるが、小吉は養子に行っていたときの名前)の自伝のようなもの。

底本は、『舊幕府』。
musuidokugen.pdf
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2005年06月16日

文学芸術雑纂(明治文化全集)

教部省への建言(講談師 太流)
教部省へ差出したる書面(假名垣魯文.條野有人)
唱歌の説(田口卯吉)
譯字の説(大内青巒)
漢字破(外山正一)
「慨世士傳」はしがき(坪内雄藏)
小説總論(冷々亭主人)
カートコフ氏美術俗解(冷々亭主人)
音樂學校設立ノ儀ニ付建議(伊澤修二外七人)
文章新論(坪内雄藏)
美術論(坪内雄藏)

bungakugeijutuzassan.pdf

解題校訂の
石川厳
下出隼吉
石井研堂
神代種亮

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2005年06月04日

村田文夫『西洋聞見録』(明治文化全集)

seiyobunkenroku.pdf

村田文夫は明治24年没。
解題・校訂の尾佐竹猛は、1880-1946。
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2005年06月03日

渡辺温『通俗伊蘇普物語』明治五

watanabe_aesop.pdf

渡辺温は天保八年生、明治三十一年没。
解題の松崎実は、1944年没。

物語倶楽部にテキストあり。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~osawa/AGG/aesop/aesop-toc.html
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2005年04月20日

『履軒古韻』

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2005年04月16日

「千葉縣印旛郡方言訛語―第一回採集の分―」

inbahogen1.pdf雑誌方言5-6
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2005年04月01日

義門『活語余論』(松尾捨治郎校注)

『国学院雑誌』に連載されていたものです。巻末での連載であり、ページの切れ目が内容的区切りと一致していません。
松尾捨治郎の著作権も切れています。
katugoyoron.pdf

これは巻三までですが、巻四以降は、三木幸信氏によって『女子大国文』(京都女子大)で翻刻された他に、ずべて『義門研究資料集成』に収められています。

ただし、残念なことに、京都女子大本を底本にした『義門研究資料集成』では、巻二の一部(二十五条「じぢのけぢめ」後半から二十七条まで)が欠けています(凡例に「松尾捨治郎博士校注本を比校し」とあるのにです)。この部分(25,26)は、二十八条「諸国の方言によりて古言雅語の領会せらるゝ あまたある事」と並んで、方言研究史上も重要なものです。
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2005年03月18日

潁原退蔵「日本文學書目解説(五)上方・江戸時代」(岩波講座日本文学)

 上方・江戸時代の文學はその種類の多方面な事に於て、その作品の數の豐富な事に於て、前代に全くその比を見ない。試みに最近世に出た「日本文學大辭典」の「あ」の部だけについて檢して見ても、その全體の項日中恰も半數は上方・江戸時代に屬する條項である。この比例は恐らく全部に亙つてもさうであらうと思はれる。勿論これらの項目中には、人名その他の事項も含んではゐるが、實はもし文學書目だけでも、これを細大洩さす列擧するならば、この比例は半數位の程度には止らないのである。朝倉無聲氏の「日本小説年表」によると、全體四百十三頁の中古代篇は僅かに二十七頁を占めてゐるにすぎす、他はすべて上方・江戸時代に屬するものである。近代日本文學大系の「日本小説年表」について見ても、やはり五百十五頁中室町時代までのものは廿七頁を費して居るだけである。これは小説だけの數である。況んやこれに上方・江戸時代の特有文學たる俳諧・狂歌・川柳・淨瑠璃等々を加へたなら、室町以前の和歌や日記等を合せても、その數量に於ては匹敵すべくもなからう。上方・江戸時代の文學書目を比較的汎く集めた「新群書類從第七」は、書目だけで實に菊判七百五十餘頁に達して居る。しかもこれとても勿論決して全部を網羅して居るのではない。
 上方・江戸時代の文學書目は此の如く多種多數である。それらの全般に亙つて遺漏なき解説を試みるといふ如き事は、到底一人の力のよくする所ではない。況んや筆者の如き寡聞淺學な者が、その任に當らうとするのは自ら揣らざる事甚しいにちがひない。筆者もそれは十分自覺して居る。しかし今は眞の研究的な態度でなく、全く啓蒙的な意味で些か解説を試みたいと思ふ。よつて上方・江戸時代の各種の文學書目に亙つて、代表的なもの、有名なもの、若くは比較的稀覯なもの等を選んで、極めて簡單な解説を加へる事にしよう..それにしても限られた紙面では、あまりに意を盡さない事が多いだらうと恐れる。尤も近時古典の翻刻が盛んとなるに從ひ、上方・江戸時代の文學書も、その代表的なものは大概翻刻され、特に最近出た叢書類中に牧められたものは、極めて懇切な解題が施されてあるのが多い。それで本講座に於ては、この種の翻刻書や解論書がある書目については、それらの書名を最後に示して、解読の不備を補ふに資した。又翻刻・解説の書類が頗る多いものにあつては、なるべく詳しい解論を避け、若くは全然これを省く事にした。かくして幾分紙面を節約する事が出來、しかも讀者の研究上にはさして不都合はなからうと思ふ。なほ本解論は最初の擔任豫定が變更されて、急に筆者が擔任する事となつた爲、執筆に十分の暇がなく、疎漏と不備とは益々多きを加へた事と思ふ。偏に讀者の寛恕を乞ひたい。
ebara_syomoku.pdf
小説(仮名草子・浮世草子・洒落本)
ebara_syomoku2.pdf
小説(滑稽本・噺本・讀本・草雙紙・人情本)、戲曲、歌謡、狂歌狂文、俳諧雑俳
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2005年03月03日

吉沢義則「点本書目」(吉澤義則『點本書目』)

 王朝時代の国語研究資料としては、和歌の類があり、物語の類があり、僅ながらも古文書の類がある。和歌や物語の類で現存してゐるのは、いづれも多少の伝写を経たものであり、誤写改竄が考へられるので、研究資料としては十分信頼しぎれない事情もある。古文書類は当時のまゝに伝はつてゐてその点は安心であるけれども、餘りに数も少く、国語資料としては貧弱に過ぎる。
 それやこれやで、他に根本資料を求めようとして、先づ着眼したのが点本類であつた。点本といふのは内外典の漢文に和訓点の施してあるものをいふので、その訓点によつて、加点当時の国語を握らうとしたのであつた。固より点本の中には古訓を伝へた移点本もあるのではあるが、それも識語等によつてほゞ原点時代を知ることが出来るのである。
 けれども点には何れもヲコト点とカナ点と併用せられてゐて、両々相俟つて訓むやうに加へられてある。のみならす、伝授の秘点として加へられてある為に、それを読み下すことが容易でない。カナ点も勿論今日のカナ文字と違つて非常に読みにくいが、ともかくもカナの原字を探つて、その発音を知るといふ便宜もあるけれども、ヲコト点に至つてはさうした便宜もなく、たゞそれ自身を材料として、類聚調査するのでなければ、窺ひ知ることが出来ないのである。
 訓み下さなければ国語の資料とはならす、訓み下すのは一朝一夕の仕事ではない。その下調べに時日を費してしまつて、研究は今に完成されてはゐない。殊に古い点は粉点が多い。それらは何時となく白粉が剥落して、ためつすかしつするのでなければ見分けることが出来ない為に、視力の衰弱した今日に於ては、到底この研究を完成する見込が立たない。しかもこの研究が完成された後でなければ、安心して古代の国語を談ずることは出来ない。
 今点本書目を公にしようとするのは、少壮篤実な後継者を得て、この研究を完成し、古代国語研究の上に強い照明を投げかけてもらひたい為である。
 勿論この書目は狭い管見に入つた範囲に止まつてゐるのであつて、この外に見ようとして見られなかつた諸山諸家の秘庫も少くはない。それらは便宜あつて一覧せられた諸君に補つていたゞきたい。なほこゝには識語があつたり、筆者が分つてゐたりして、加点移点の時代の判然してゐる書物に限つて登載するに止めて、字体点法等からしてほゞその時代を推定するに足るものはあつても、すべて省略に従った。
 書目中には十数年前の採集にかゝる書物が多い。それらの中にはいろ/\の事情で所蔵者の変つてゐるのもあらうかとおもふ。その点は所蔵者并読者諸君の御諒恕を願ひたい。
tenponsyomoku.pdf

【補】
広浜文雄氏の増補した『新版点本書目』(webcatplus)もあるし、その後も報告された訓点資料は多いのですが、『岩波講座日本文学』に収められ、よく知られた書目を載せます。
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2005年03月02日

貝原益軒『日本釈名』

日本釋名序
やまとこと葉は、上古よりとなへ來れりといへども、今の人日々に用ひて、其所以をしらず。此ごろ劉煕がしるせるふみにならひ、日本紀、萬葉集、順和名抄以下の古書にもとづき、和音五十字をかんがみて、一書をあつめ、名づけて日本釋名といふ。世の中のことばおほくして、きはまりなく、わが身の才すくなくして、盡やすければ、こと%\くに、ときがたし。今しるす處は、其十が一にも及ぶべからず。いはんや、我が拙陋なる、其わづかにしるす所も、さだめてひが事のみぞおほかるべき。いにしへにひろき君子、此あやまりをたゞし、其たらざるを補ひ給はば、まことに我がねがふ所なるべし。
 元禄十二年上元日
          貝原篤信書

日本釋名凡例
一 和語をとく事は謎をとくが如し。其法訣をしるべし。是をとくに凡八の要訣あり。
○一に自語《ジゴ》は天地《アメツチ》男女《ヲメ》父母《チヽハヽ》などの類、上古の時自然に云出せる語也。其故はかりがたし。みだりに義理をつけてとくべからす。
○二に転語は五音相通によりて名づけし語也。上《カミ》を転じて君とし、高《タカ》を轉じて竹《タケ》とし、黒《クロシ》を轉じて烏《カラス》とし、盗《ヌスミ》を轉じて鼠《ネズミ》とし、染《ソミ》を轉じて墨とするの類也。又轉語にして略語をかねたるも多し。且音を轉じて和訓とせし類あり、後にしるす。
○三に略語はことばを略するを云。[ひゆる]を氷《ヒ》とし、[しばしくらき]を[しぐれ]とし、[かすみかがやく]を春日《カスガ》とし、[たちなびく]を[たなびく]とし、文出《フンデ》を筆とし、墨研《スミスリ》を硯とし、宮《ミヤ》所を都とし、[かへる手]を[かへで]とし、[いさぎよき]を[さぎ]とし、[かヘリ]を鴈とし、前垣を籬《マガキ》とし、[きこえ]を聲《コヱ》とするの類也。上略中略下略有、又略語にして轉語をかねたるも多し。
○四に借語は他の名とことばをかリ、其まゝ用ひて名づけたる也。日をかりて火《ヒ》とし、天《アマ》をかりて雨とし、地《ツチ》をかりて土とし、上《カミ》をかりて神とし髪《カミ》とし、疾《トシ》をかりて年とし、蔓《ツル》をかりて弦《ツル》とし、潮《シホ》をかりて鹽《シホ》とし、炭《スミ》をかりて墨とするの類也。
○五に義語《ギゴ》は義理を以て名づけたるなり。諸越《モロコシ》を唐《モロコシ》とし、気生《イキヲヒ》を勢《イキヲヒ》とし、明時《アカトキ》を暁《アカツキ》とし、口無を梔子とするの類、又是を合語とも云。二語を合せたる故也。又義語にして轉語をかねたるもあり。義語を略したるは即略語也。
○六に反《ハン》語はかな返し也。[はたおり]を服部《ハトリ》とし、[かるがゆヘ]を[かれ]とし、[かれ]を[け]とし、[ひら]を葉《ハ》とし、[とをつあはうみ]を[とをたふみ]とし、[あはうみ]を[あふみ]とし、[きえ]を[け]とし、[見へ]を[め]とし、[やすくきゆる]を雪とするの類多し。
○七に子語は母字より生する詞を云。一言母となれば其母字より生するを云。日の字を母字として[ひる]、〓〈日咎〉《ヒカゲ》、光を生じ、月を母字として晦《ヅゴモリ》、朔《ツイタチ》を生じ、火を母字として炎《ホノヲ》、焔《ホムラ》、埃《ホコり》を生じ、水を母として源《ミナモト》、溝《ミゾ》、汀《ミギハ》、港《ミナト》を生するを子語と云。
○八に音《イン》語也。音語に三様あり。一に字の音を其のまゝ用ひて和語とせしは、菊、桔梗《キキヤウ》、繪馬《ヱムマ》、石榴など也。二に唐音《タウイン》を其まゝ和語に用たるあり。杏子《アソズ》、石灰《シツクイ》、菠薐《ハウレン》などの類也。三には梵語を用たる有。ほとゝぎす、尼《アマ》、猿《サル》、斑《マダラ》などの類也。和語千萬おほしといへども、此八の外に出す。もろこしの文字をつくりしに、六書とて六の品あるがごとし。
一 此書の内和語をとくに二三説をあげたる所多し。大やうはじめの説をよしとす。
一 和語をとくに、上代よりとなふる詞を音を以とくはあしし。上代は和語のみにして漢字なし。漢字を以名づけこは後代の事也。又近代のいやしき俗語を以古のことばをとくべからす。上代のことばは今の俗語にかはれり。今の語にてとけば古語にあはず。聖《ヒジリ》を非をしると云の類用ゆべからず。然れども後代のことばには、又まれには音を用て和語とせし事も有。およそ和語にこえを用る事上代にはなし、中世にはまれ也。近代はおほし。
一 母語を用て子語をとくべし。子語を以て母語をとくべからす。火は天の日をかりて[ひ]と云なるを、「日は地の火と同じければ[ひ]」と云ごとき、「日とは物日にあたればひるゆへに日となづく」ととき、「くもるゆへ雲」と云の類、是子語を以て母語をとく也。あやまり也
一 ときがたき言をばうたがはしきをかきてとくべからす。みだりにとけばあやまるもの也。ときやすきをとくべし。ときがたきは上古の自語多かるべし。又は古人の語をつくりし意、今よりはかりがたきゆへにときがたしとしるべし。
一 古語をとくには、やすくすなをにとけば、古人の言をつくりし意にかなふ。むづかしくうがちてとけば、古人の意にかなはず。又ふかく遠きをいむ。古人のことばをつくりしは、やすくすなをなる心よりいでたり。妻《ツマ》をとくに[むつまし]と云上下を略せりごとくは、やすらかにしてよし。夫婦枕をならべつゞきまとはるゆへ妻と云説むづかしくしてすなをならす。うがてりと云べし。春日を[かすみかゞやく]ととくはすなをにきこゆ。是正説なるべし。一説に[か]は[あかし][す]は[すはう]の色なりなと云説あしゝ。又雲の[く]は内へまくりいる詞、[も]はむかふ義などとけるは皆ひが事なるべし。みだりに道理をふかくつけてむづかしく、とくべからす。古人のことばをつくりし本意にあはす。
一 右にしるせし轉語《テンゴ》の内、音を轉じて和訓とする類、文のこゑを轉じて[ふみ]と訓じて和語となせり。[ふみ]は[ぶん]の轉語なり。錢《セン》の音を轉じて[せに]と訓ず。蝉を[せみ]と訓じ、頓を[とみ]と訓ず。紫苑は藥の名也 [しをに]と訓ず。龍膽《リウタン》を轉じて、[りんだう]と訓す。椎《スイ》の音を轉じて[しゐ]と訓す。蘭《ラン》を[らに]と訓す。芭蕉《ハセウ》の音[はせう]なるを順和名にかなを書かへて[はせをは]と訓す。古今集の歌にも、[はせをは]とよめり、鸚鵡《アウム》を[あふむ]とかなを書かへて和訓とす。此類其ゆへをしらざる人は、古人のかなあやまれりと思ふべけれどさにはあらす。牽牛子《ケンゴシ》を轉じて[けにごし]と訓す。木瓜[ぼくくわ]を[ぼけ]と訓す。音の轉也。蘇方《ソハウ》を[すはう]と訓す。土器《ドキ》を[つき]と訓す。相撲《サウボク》を[すまふ]と訓す。朴《ホク》を[ほゝ]と訓ず。馬《マ》の音を和語にせんため[む]の字を上につけて[むま]と云。[む]は[ま]の字の発音なり。國《クニ》は郡《クン》の字の音を轉じて[くに]と訓す。此類皆音を轉じて訓とせしなり。
一 和語に訓一にして意別なる有、生《ナル》と成《ナル》と徳《ムヲヒ》と勢《イキヲヒ》との類也。生は初なり。成は終也。徳はいきておひ出たる心のめぐみ也。勢は息生《イキヲヒ》なり。氣のさかんなるを云。又日と火と地《ツチ》と土と上と神と疾《トシ》と年と蔓《ツル》と弦《ツル》との類は皆借語なれば、右にいへるには同じからす。
一 和語に重語多し。つくばねの峯【ねは峰也】。青|嶺《ネ》の峯《ミネ》、二日《フツカ》の日《ヒ》、對馬島《ツシヤシマ》の類猶有べし。是あやまりにあらず。
一 和語にすむをにごり、にごるをすむ事多し。清濁通用すみ故也。和語をとくにも清濁ちがひたるはくるしからす。御嶽《ミタケ》を[だけ]と云、[さゞき]を[さゝき]と云、[ゆぎをひ]を[靭負《ユキヘ》]と云、[くれはたおり]を[くれはどり]と云、[日むかひ]を[ひふが]と云、[いで]を[で]と云の類、うむの下をにごる例とはかはりて、清濁ちがひたるも可也。
凡例終

凡例・巻上
巻中
巻下
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2005年03月01日

橘守部『俗語考』

  凡例
 一、此書ははやく古言海といふを輯めんとて、何くれの書どもより、かき抜おきつるあまりなり。かゝるえりあまりなりけれど、さすがにしみのすみかとなしはてんもあたらしとて、こたび乞もとめける人の為に、いさゝかついでを改て巻とはなしつ。されぱひたぶるの俗語ならぬも有べけれども大かたのうへにつきて、かくはおふしつるになん。
 一、巻のをち/\に語釋、引書のながきあり、みじかきあり。其ながく多きは雅言の方の引のこりなり。其みじかくすくなきは、既に雅言の方に委く出づるによりてなり。さばれ猶、手をくはへて前後ふさはしかるべく直すべきわざなりけれど、いとまなければ、其まゝにさしおきぬ。もとより俗言にさまで註すべくもあるべからねば、大かたは今の言にむかしの言を引合せて、其うへは見む人のこゝろ%\にまかせんとぞよ。
 一、言の部立は、節用集などに擬ひて、天象、地儀等の門を分てものせんかた、便りよかるべけれど、かゝる俗言の上に、引用こともあらざめれば、今はたゞ何ごとのうへをも一つにこめて、言の数もてついでたり.猶それも通俗にはいろはうたの次第にものせむかた、似つかはしかるべきを、凡て言を考へむには、同じ根ざしの通音並べ見むこそ、心得やすからめとて、五十音もて分ちつ。
 一、言葉ごとに標を立て、分ち舉つれど、をり/\は其類語を、一つに合せて、たとへば兄といふ下に、姉、おとうと、いもうとをも出し、又いろと云下に、いろ事、いろをする、いろ男、いろ女などいふ言どもをも、合せて出せるたぐひもすくなからず。是をもし悉く分ちて出さば、其詞の数今の倍にもなりて、打見は盡せるがごとくも見えぬべけれど、かゝる物に同じ引書を又引むもとて、合せて出せる事の多きなり。かゝれぱ此書はもはら一部を見わたして、ことの心をさとりてよかし。
 一、おなじ詞もいひなしによりて、二言ともなり、三言五言ともなる多かり。それもなるべき限りは、一つ所に釋すべき心なりつるを、いとまなくて人にえらばせたりければ、もと書抜おきてし紙札にひかれ、又言の延約りによりて、ところ%\に出などして、すべて心にあらぬ事多かり。さりけれど今そを改めんもものうくて、其まゝにしたゝめつ。
 一、また其詞に雅言の格に出せると、俗言のいひなしに隨へることありて、一様ならず。たとへばあまゆるはあまえと出し、甘はあまきと出し、肥はこゆると出し、痩はやせると出せるがごとし。こゆるは雅言の格なり、やせるは、俗の訛りなり。されどもやするとては、世俗の耳にうとげなるゆゑに凡て雅俗を混じていろ/\に出せるなり。見む人あやしむ事なかれかし。
 一、今かくついでゝ見れば、漏たることかも多かれど、かくてだに二十餘巻となりつれば、先此まゝに一たび巻をとぢめつ。もしかゝるをさな言も、うひ學の人のたよりともなれらば、狩のこしつる書どもゝ、いとあまたなりけれぱ、ふたゝび思ひおこして、又續編をもかき繼べし。故撰ぴたがへて入所をひがめたるなど、各皆切とりて後のかきつぎに合せんとて殘しつ。
 天保十二年十一月十四日
              守部

凡例

あいう
えお

かき
くけこ
さしすせそ
たちつてと
なにぬねの
はひふへほ
まみむめも
やゆよ
わゐゑを・らりるれろ
校訂者 橘純一氏は、1954年没。
橘守部
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2005年02月26日

越谷吾山『諸国方言/物類称呼』

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2005年02月22日

戸澤土佐守正令『国体本義諸篇』 (福井久藏撰輯 秘籍大名文庫)

文學博士福井久藏撰輯 秘籍大名文庫
戸澤土佐守正令
『国體本義諸篇』(webcat
東京麹町厚生閣版

國體本義諸篇目次
皇朝魂辨
 倭魂序
 皇朝魂辨
月の光
大日本號之説
ことばのひとや
天つかな木附録
尊内卑外論辨
外戎逋貢本意
述懷論第一條
道の辨
 御路の辨
 道の辨
 つけていふ
神代正古傳
神代訓讀篇
倭名義考
神社略説
八神略説
八柱の御惠
神代紀一書通覽
古語拾遺傳
御曾支


tozawa_kokutaihongi.pdf

 鈴屋翁の學風を慕ひ尊王の志の篤かつた戸澤正令侯の草稿中より、國體の本義、古道の發揮に關するもの十八篇を撰んで、新に「國體本義諸篇」と題し、秘籍大名文庫の第一篇とし、その裔孫戸澤正己子欝の許諾を得て世に公にするこ丶となつたのは、不肖の欣幸とするところである。蓋し隱れたる尊王愛國の一大名を博く世に紹介し得ると信するが爲である。

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2005年02月19日

昭和帝国文庫『大岡政談』(尾佐竹 猛校訂)

       解題
                         法學博士 尾佐竹 猛
古來名判官といへば大岡越前守にとゞめをさすが、その事蹟といへば講談物や芝居で喧傳せられて居るのに過ぎないので、眞の事蹟としては反つて傳はつて居るものは少いのである。
 所謂大岡裁判なるものは、徳川時代中期の無名の大衆作家の手に成り、民衆に依つて漸次精練大成せられて、動かすべからざる根據を植付けられたのであるから、その生命は最も永いのである。我國に於ける大衆文藝として最も優れたるものゝ一つである。

解題・目次・首巻
天一坊一件
白子屋阿熊一件
煙草屋喜八一件
村井長庵一件
直助權兵衞一件
越後傳吉一件
傾城瀬川一件
畔倉重四郎一件
小間物屋彦兵衞一件
後藤半四郎一件
松田お花一件
嘉川主税一件
小西屋一件
雲切仁左衞門一件
津の國屋お菊一件
水呑村九助一件
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