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私は此の小講を書くに當たつて、思ひ設けぬ二つの困難に直面してゐることを見出だした。その一つは、軍記の中の特殊の名作、例へば『平家物語』、『太平記』の類が、別に一講として獨立した取扱を受けて居るので、之れに對する重複を避けねばならぬといふことである。もう一つは、私自身最近、名までが同じ『軍記物語研究』といふ小著を公にしてゐるので、其の中に書いた事を成るべく繰返したくないといふことである。私はこの二つの事情によつて可なりに惱まされたが、結局此の講義をば、右のいつれにも重複しないで、しかも我が軍記文學の中心要義を取り逃がさぬやうなものにしたいと考へるやうになつた。率直にいふと、私は既刊の小著に於いて、軍記に關して自分の有つ重要な知識を、殆んど悉く發表したつもりであるが、但し其の中に述べなかつた事で、近頃非常な重要さを見出だすやうになつた二三の考がある。或は、以前私の心の隅に小さく潜んでゐた危ぶなッかしい考で、近ごろどうやら確信程度に生長したものがあるともいふべきであらう。それは軍記第一の名作『平家物語』が創造し同時に大成したる國文學史上の偉業についてであるが、此の新たな二三の思附を中心資料として、我が軍記の大軆を描きたいといふのが、私の希望である。
2005年03月18日
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